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夏天的花(日文版)pdf/doc/txt格式电子书下载

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书名:夏天的花(日文版)pdf/doc/txt格式电子书下载

推荐语:

作者:(日)原民喜著

出版社:华东理工大学出版社

出版时间:2018-05-23

书籍编号:30415868

ISBN:9787893902741

正文语种:日语

字数:19904

版次:1

所属分类:中外名著-外国名著

全书内容:

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わが愛あいする者ものよ請こふ急いそぎはしれ


香かおりはしき山やま々やまの上うえにありて獐のろの


ごとく小お鹿がのごとくあれ


私わたしは街まちに出でて花はなを買かうと、妻つまの墓はかを訪おとずれようと思おもった。ポケットには仏ぶつ壇だんからとり出だした線せん香こうが一ひと束たばあった。八はち月がつ十じゅう五ご日にちは妻つまにとって初にい盆ぼんにあたるのだが、それまでこのふるさとの街まちが無ぶ事じかどうかは疑うたがわしかった。恰ちょう度どちょうど、休きゅう電でん日びではあったが、朝あさから花はなをもって街まちを歩あるいている男おとこは、私わたしのほかに見みあたらなかった。その花はなは何なにという名めい称しょうなのか知しらないが、黄き色いろの小しょう瓣はなびらの可憐かれんな野や趣しゅを帯おび、いかにも夏なつの花はならしかった。


炎えん天てんに曝さらされている墓はか石いしに水みずを打うち、その花はなを二ふたつに分わけて左さ右ゆうの花はなたてに差さすと、墓はかのおもてが何なんとなく清すが々すがしくなったようで、私わたしはしばらく花はなと石いしに視み入いみいった。この墓はかの下したには妻つまばかりか、父ふ母ぼの骨ほねも納おさむっているのだった。持もって来きた線せん香こうにマッチをつけ、黙もく礼れいを済すますと私わたしはかたわらの井い戸どで水みずを呑のんだ。それから、饒にぎ津つ公こう園えんの方ほうを廻めぐって家いえに戻もどったのであるが、その日ひも、その翌よく日じつも、私わたしのポケットは線香せんこうの匂においにおいがしみこんでいた。原げん子し爆ばく弾だんに襲おそわれたのは、その翌よく々よく日じつのことであった。


私わたしは厠かわやにいたため一いち命めいを拾ひろった。八はち月がつ六むい日かの朝あさ、私わたしは八はち時じ頃ごろ床ゆかを離はなれた。前まえの晩ばん二に回かいも空くう襲しゅう警けい報ほうが出で、何なに事ごともなかったので、夜よ明あけ前まえには服ふくを全ぜん部ぶ脱ぬいで、久ひさし振ぶりに寝ね間ま着きに着き替かえて睡ねむった。それで、起おき出だした時ときもパンツ一ひとつであった。妹いもうとはこの姿すがたをみると、朝あさ寝ねしたことをぶつぶつ難なんじていたが、私わたしは黙だまって便べん所じょへ這は入いった。     


それから何なん秒びょう後ごのことかはっきりしないが、突とつ然ぜん、私わたしの頭ず上じょうに一いち撃げきが加くわえられ、眼めの前まえに暗くら闇やみがすべり墜おちた。私わたしは思おもわずうわあと喚わめき、頭あたまに手てをやって立たち上のぼった。嵐あらしのようなものの墜つい落らくする音おとのほかは真まっ暗くらでなにもわからない。手て探さぐりで扉とびらを開あけると、縁えん側がわがあった。その時ときまで、私わたしはうわあという自じ分ぶんの声こえを、ざあーというもの音おとの中なかにはっきり耳みみにきき、眼めが見みえないので悶もだえていた。しかし、縁えん側がわに出でると、間まもなく薄うすらあかりの中なかに破は壊かいされた家か屋おくが浮うかび出だし、気き持もちもはっきりして来きた。


それはひどく厭いやな夢ゆめのなかの出で来き事ごとに似にていた。最さい初しょ、私わたしの頭あたまに一いち撃げきが加くわえられ眼めが見みえなくなった時とき、私わたしは自じ分ぶんが斃たおれてはいないことを知しった。それから、ひどく面めん倒どうなことになったと思おもい腹はら立だたしかった。そして、うわあと叫さけんでいる自じ分ぶんの声こえが何なんだか別べつ人じんの声こえのように耳みみにきこえた。しかし、あたりの様よう子すが朧おぼろながら目めに見みえだして来くると、今こん度どは惨さん劇げきの舞ぶ台たいの中なかに立たっているような気き持もちであった。たしか、こういう光こう景けいは映えい画がなどで見みたことがある。濛もう々もうと煙けむる砂さ塵じんのむこうに青あおい空くう間かんが見みえ、つづいてその空くう間かんの数かずが増ふえた。壁かべの脱だつ落らくした処ところや、思おもいがけない方ほう向こうから明あかりが射さして来る。畳たたみの飛とび散ちった坐ざ板いたの上うえをそろそろ歩あるいて行いくと、向むかうから凄すさまじい勢いきおいで妹いもうとが駈かけつけて来きた。


「やられなかった、やられなかったの、大だい丈じょう夫ぶ」と妹いもうとは叫さけび、「眼めから血ちが出でている、早はやく洗あらいなさい」と台だい所どころの流ながしに水すい道どうが出でていることを教おしえてくれた。


私わたしは自じ分ぶんが全ぜん裸ら体たいでいることを気き付づいたので、「とにかく着きるものはないか」と妹いもうとを顧かえりみると、妹いもうとは壊こわれ残のこった押おし入いれからうまくパンツを取とり出だしてくれた。そこへ誰だれか奇き妙みょうな身み振ぶりで闖ちん入にゅうして来きたものがあった。顔かおを血ちだらけにし、シャツ一いち枚まいの男おとこは工こう場じょうの人ひとであったが、私わたしの姿すがたを見みると、「あなたは無ぶ事じでよかったですな」と云いい捨すて、「電でん話わ、電でん話わ、電でん話わをかけなきゃ」と呟つぶやきながら忙いそがしそうに何どこ処どこかへ立たち去さった。


到いたるところに隙すき間まが出で来き、建たて具ぐも畳たたみも散さん乱らんした家いえは、柱はしらと閾しきいばかりがはっきりと現あらわれ、しばし奇き異いな沈ちん黙もくをつづけていた。これがこの家いえの最さい後ごの姿すがたらしかった。後あとで知しったところに依よると、この地ち域いきでは大たい概がいの家いえがぺしゃんこに倒とう壊かいしたらしいのに、この家いえは二に階かいも墜おちず床ゆかもしっかりしていた。余よ程ほどしっかりした普ふ請しんだったのだろう。四よん十じゅう年ねん前まえ、神しん経けい質しつな父ちちが建たてさせたものであった。


私わたしは錯さく乱らんした畳たたみや襖ふすまの上うえを踏ふみ越こえて、身みにつけるものを探さがした。上うわ着ぎはすぐに見み附つけかったがずぼんを求もとめてあちこちしていると、滅め茶ちゃ苦く茶ちゃに散ちらかった品しな物ものの位い置ちと姿すがたが、ふと忙いそがしい眼めに留とまるのであった。昨さく夜やまで読よみかかりの本ほんが頁ぺーじをまくれて落おちている。長押なげしから墜つい落らくした額がくが殺さっ気きを帯おびて小こ床ゆかを塞ふさいでいる。ふと、何ど処こからともなく、水すい筒とうが見みつかり、つづいて帽ぼう子しが出でて来きた。ずぼんは見みあたらないので、今度は足に穿はくものを探さがしていた。


その時とき、座ざ敷しきの縁えん側がわに事じ務む室しつのKが現あらわれた。Kは私わたしの姿すがたを認みとめると、


「ああ、やられた、助たすけてえ」と悲ひ痛つうな声こえで呼よびかけ、そこへ、ぺったり坐すわり込こんでしまった。額がくに少すこし血ちが噴ふき出でふきでており、眼めは涙なみだぐんでいた。


「何ど処こをやられたのです」と訊たずねると、「膝ひざじゃ」とそこを押えながら皺しわの多い蒼そう顔がんそうがんを歪ゆがめる。


私わたしは側そばにあった布ぬの切ぎれを彼かれに与あたえておき、靴くつ下したを二に枚まい重かさねて足あしに穿はいた。


「あ、煙けむりが出でだした、逃にげよう、連つれて逃にげてくれ」とKは頻しきりに私わたしを急せかし出だす。この私わたしよりかなり年とし上うえの、しかし平へい素そははるかに元げん気きなKも、どういうものか少し顛てん動どう気ぎ味みであった。


縁えん側がわから見み渡わたせば、一いちめんに崩くずれ落おちた家か屋おくの塊かたまりがあり、やや彼方かなたの鉄てっ筋きんコンクリートの建たて物ものが残のこっているほか、目もく標ひょうになるものも無ない。庭にわの土ど塀べいのくつがえった脇わきに、大きな楓かえでの幹みきが中ちゅう途とからポックリ折おられて、梢こずえを手て洗あらい鉢ばちの上に投出している。ふと、Kは防ぼう空くう壕ごうのところへ屈かがみ、


「ここで、頑がん張ばろうか、水すい槽そうもあるし」と変へんなことを云いう。


「いや、川かわへ行いきましょう」と私わたしが云いうと、Kは不ふ審しんそうに、


「川かわ? 川かわはどちらへ行いったら出でられるのだったかしら」と嘯うそぶく。


とにかく、逃にげるにしてもまだ準じゅん備びが整ととのわなかった。私わたしは押おし入いれから寝ね間ま着きをとり出だし彼かれに手て渡わたし、更さらに縁えん側がわの暗あん幕まくを引ひき裂さいた。座ざ蒲ぶ団とんも拾ひろった。縁えん側がわの畳たたみをはねくり返かえしてみると、持もち逃にげ用ようの雑ざつ嚢のうが出でて来きた。私わたしは吻ほっとしてそのカバンを肩かたにかけた。隣となりの製せい薬やく会がい社しゃの倉そう庫こから赤あかい小ちいさな焔ほのおの姿すがたが見みえだした。いよいよ逃にげだす時じ機きであった。私わたしは最さい後ごに、ポックリ折おれ曲まがった楓かえでの側そばを踏ふみ越こえて出でて行いった。


その大おおきな楓かえでは昔むかしから庭にわの隅すみにあって、私わたしの少しょう年ねん時じ代だい、夢む想そうの対たい象しょうとなっていた樹じゅ木もくである。それが、この春はる久ひさし振ぶりに郷きょう里りの家いえに帰かえって暮くらすようになってからは、どうも、もう昔むかしのような潤うるおいのある姿すがたが、この樹じゅ木もくからさえ汲くみとれないのを、つくづく私わたしは奇き異いに思おもっていた。不ふ思し議ぎなのは、この郷きょう里り全ぜん体たいが、やわらかい自し然ぜんの調ちょう子しを喪うしなって、何なにか残ざん酷こくな無む機き物ぶつの集しゅう合ごうのように感かんじられることであった。私わたしは庭にわに面めんした座ざ敷しきに這は入いって行いくたびに、「アッシャ家いえの崩ほう壊かい」という言こと葉ばがひとりでに浮うかんでいた。

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